Inertial sensors relying on atom interferometry

 

原子のドブロイ波を用いた干渉計(Atom Interferometry: AI)を利用することで、従来に比べ飛躍的に高い感度を有する慣性センサーを構築することができます。私達はAIセンサーの中でも特にAIジャイロスコープに注目しており、これを自動運転車における多重安全性の確保や自律型無人潜水機を用いた資源探査の効率化のために活用しようと考えています。

 

様々な空間活動を行う上で、自らの位置、姿勢、速度といった運動諸元を把握することは基本的な要請だといえます。地球規模の位置標定システムであるGlobal Positioning System(GPS)の普及により、私達は地図を広げずとも目的地に辿り付けるようになりました。これに加え国内において準天頂衛星みちびきが新たに打ち上げられたのは、時代がより精密な空間活動を要求するようになったために他なりません。みちびきが提供する cm 精度の位置標定により、自動運転車、自動運転船舶、海洋資源探索、ロードプライシング、IT農業の高度化、測量・施工作業の効率化、災危通報、安否確認、さらには自動除雪など、様々な新規産業の創出が期待されています。

 

ところがこうした衛星測位システムが安定して利用できるのは、地表上の電波環境の良い領域に限られます。高層ビルや高架橋、地下道路等が交錯する都市空間、あるいは屋内において衛星からの電波を常時、安定的に捉える続けることは難しいといえます。また水中では電波の減衰が激しく、衛星測位システムの利用は叶いません。更に衛星からの電波は、これを「妨害」する、あるいは「欺瞞」することが可能であり、安定的な動作と犯罪に対する耐性の双方を考えると、衛星測位システムに「外部信号に頼らずに運動諸元を把握できる別の方法」を加えハイブリッド化することが肝要だといえます。

 

加速度計、角速度計(ジャイロスコープ)といった慣性センサーの出力を時間軸上で積分することで、自らの位置、速度、姿勢を把握する方法を自己位置推定と呼びます。この方法は外部からの信号に頼らないという点で堅牢であり、実際我々が日頃利用している旅客機は自己位置推定を主、GPSを副として利用し安全な航行を実現しています。カーナビゲーションシステムについても、トンネル内など電波が届かない場所でも機能するよう、衛星測位システムと自己位置推定機器とのハイブリッド化がなされています。その他にも、船舶、自律型無人潜水機(Autonomous Underwater Vehicle:AUV)、あるいは人工衛星など、自己位置推定機器はあらゆる場所で利用され我々の生活に溶け込んでいます。

 

 

では現在の自己位置推定機器は、上記したみちびきの様々な民生応用をサポートする上で、十分な性能をもっているのでしょうか?自動運転車について議論をすることにしましょう。物流のスマート化という観点でも、また少子高齢化が加速する中で自動車運転における安全性を確保するという観点においても、道路交通の完全自動化は必須の事業だといえます。Level3以上の自動運転を実現するためには、1.センターラインを守って車を走行させる、2.障害物を認識し回避する、という二つの要請を満たす必要があります。これらの要請は、衛星測位システムを使った自己位置の把握と、LIDAR(Laser Imaging Detection and Ranging)を使ったセンシング、さらにステレオカメラで得られた画像に対する機械学習認識によって達成できると考えられています。しかし高架橋や高層ビルが乱立する都市空間においては衛星測位システムが常に使えるとは限らず、それをLIDARやステレオカメラによって補填しようとしても、雪でセンターラインがみえない場合や、そもそもセンターラインが消失している場合は成す術がありません。一時停止をして衛星信号の再受信を待てばよいと考えるかもしれませんが、それでは大渋滞を免れません。道路の各所にアンテナを配置し、そこから発せられる電波を使って車の位置を把握するという発想もありますが、インフラ整備に莫大な予算がかかることは避けられないでしょう。

 

高性能の自己位置推定機器は、上記した様々な手法と干渉することなく弱点を補填し、多重の安全性を確保する力をもちます。衛星測位システム、LIDAR、ステレオカメラ、いずれを用いてもセンターラインが認識できなかったとしても、精密な自己位置推定機器があればレーンキーピングが可能になります。また精密な自己位置推定機器があれば、アンテナを配置する間隔を広げることができ、インフラ整備における大幅なコストダウンが見込めます。さらに衛星測位システムと精密な自己位置推定機機器とをハイブリッド化しておけば、仮に電波欺瞞がなされたとしても、両者の出力に明確な差が現れることを通してただちにこれを認識することが出来ます。現状の自己位置推定機器は、こうしたレーンキーピングを行う上で十分な性能を持ち合わせているのでしょうか?衛星からの信号が欠落するのは長くても数分と考えられますが、残念ながら最新の自己位置推定機器を用いても、メートルレベルの誤差が発生するためレーンキーピングを行うことは難しいといわれています。

 

続いてAUVについて議論をしたいと思います。資源に乏しいとされてきた我が国を取り巻く状況は徐々に変わりつつあります。近年の調査により、石油・天然ガスを始め、メタンハイドレートや海底熱水鉱床、さらにはコバルトリッチクラストといったエネルギー・鉱物資源が、日本を取り巻く排他的経済水域に豊富に眠っていることが認識されたからです。このうちメタンハイドレートは、年間天然ガス使用量の100年分に相当すると予想され、またレアメタルにいたっては、国内消費量の200年分が存在すると考えられています。こうした「眠れる資源」を実用化するためには、埋蔵箇所をより正確に特定する技術の開発が急務といえます。こうした中、近年になり脚光を浴びているのがAUVを用いた資源探査です。調査船による海上からの調査は、深度が上がるにつれ精度が落ちる傾向をもちますが、AUVの場合、資源埋蔵箇所に直接アプローチして各種の情報を収集することができます。また資源埋蔵箇所に接近するということは、それがもたらす重力異常が海上でのそれに比べ桁で上昇することを意味します。そのため、重力勾配計を搭載したAUVを使った海洋資源探査など、様々な試みが精力的になされています。

 

 

このように優れた利点をもつAUVですが、実は水中におけるAUVの位置を正確に把握する方法が存在しないという大きな問題をかかえています。AUVが海底に潜るためにはかなりの時間が必要であり、例えば10km 程度の潜行には数時間を要します。先述したように水中では電波が届かないため、母船からの音響信号等に頼らずにAUVが位置を把握するためには自己位置推定を利用するしか手がありません。しかし現状の自己位置推定の精度は十分ではなく、潜行・浮上だけで数kmもの誤差が発生すると言われています。石油、天然ガス、レアアースに代表される海洋資源探査は、観測データに精密な緯度・経度情報がひも付いたときに初めて意味をもつため、自己位置推定機器の精度向上はAUVを活用する上で最優先の課題だといえます。

 

自己位置推定機器の精度を律則しているのは、加速度計、ジャイロスコープ、一体どちらなのでしょうか?高性能の自己位置推定機器の中には、下図のような加速度計とジャイロスコープがはいっています。加速度計としてはクオーツペンデュラムと呼ばれる方式が利用されることが多く、加速に伴い発生した角変位を、磁場を使って0に保つ機構となっています。磁場発生に必要な電流が加速度計の出力を与えます。このタイプの加速度計は数10ccと超小型で、かつ高精度であり、出力のドリフトは 10μg 程度と言われています。一方、ジャイロスコープとしては、リングレーザー方式が最も高い性能を誇ります。3枚のミラーを使ってレーザー共振器を組むと、右回り、左回り、2方向の発振が同時に許されることになります。リングレーザージャイロを回転させると、右/左回りの光路長に差が生まれ(サニャック効果)、両者の発振周波数にも差が生じます。このとき二つのレーザー間のビート周波数は、角速度を反映することになります。リングレーザージャイロの出力ドリフトは 僅か数mdeg/h と言われています。両者のドリフトをもとに計算した自己位置推定の誤差をプロットすると、加速度計については一定周期で振動し、ジャイロスコープについては振動しつつ増大していくことがわかります。この周期は「シューラー周期」と呼ばれ、地球半径と同じ長さの振り子がもつ周期(〜84分)に対応します。このことから明らかなように、自己位置推定機器の精度は、ジャイロスコープの性能によって律則されています。

 

 

先ほど、リングレーザージャイロは回転に伴って右/左周りの光路長に差がでるサニャック効果を利用していることを説明しました。下図はサニャック効果の概念図です。ここで生じる位相差が使用する波の波長と速度に反比例することに着目すると、光波に比べて両者の値が小さい波を起用すればジャイロスコープの性能を飛躍的に高めることができるのではないかという発想が得られます。光波のかわりに原子がもつド・ブロイ波を起用するのがAIジャイロスコープというわけです。波長 λ と速度 v の積 を光と原子とについてそれぞれ計算し比をとると、 mc2/hν 、すなわち光子のエネルギーと原子の質量エネルギーの比となることがわかります。両者の比は、1010 程度と桁違いに大きいことを皆さんはご存知でしょう。

 

 

私達は冷却された原子がもつド・ブロイ波を使って超高性能のジャイロスコープを作成し、飛躍的に高い精度をもつ自己位置推定機器を実現したいと考えています。なお本研究は、平成29年11月1日から始まった未来社会創造事業のテーマとなっています。詳細は下記URLを御覧下さい。

 

 

 


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