Magnetic Quantum Gas

Eu Apparatus

 

ごく最近になり私達は、ユウロピウム(Eu)というランタノイド系の原子種を世界で初めてレーザー冷却することに成功しました。今後は、原子気体の温度をさらに冷やし、ボース凝縮を実現することで、磁性をもった量子気体の新奇な物性を探索することを計画しています。磁性をもった量子気体とは何なのか?どのような面白い物理が潜んでいるのか?これからその説明をさせて頂きたいと思います。なお写真は、 私達が作成した Eu の実験系です。

 

ボース凝縮体は nK オーダーの超低温状態にあり、原子間の相互作用は、通常、短距離等方的な s 波散乱によって支配されます。ところが、大きな磁気モーメントをもつ原子種を使ってボース凝縮体を生成した場合は、原子間に長距離異方的な相互作用が働くようになり、新奇な物性現象が現れます。ここで「長距離」とは、原子間の Van der Waals 引力が相対距離の 6 乗に反比例して減衰するのに対し、磁気モーメント間の相互作用が 3 乗に反比例して緩やかに減衰することを表します。また相互作用が異方的であることは、2つの磁気モーメントが平行な場合に斥力が、直線上に並んだ場合に引力が働くことを考えれば理解しやすいでしょう。

 

dipole

 

大きな磁気モーメントをもつ原子種のレーザー冷却・ボース凝縮は、ボーア磁子の6倍の磁気モーメントをもつクロム(Cr:質量数 52)から始まり、最近は10倍、7倍の磁気モーメントをもつジスプロシウム(Dy:質量数 164)、エルビウム(Er:質量数 168)といった原子についても研究がなされるようになってきました。これらの原子種を使うことで、新奇で普遍的な現象が次々と観測されているのですが、ここでは Dy を用いた Normal-field (Rosenweig) 不安定性の観測について簡単な説明をしてみたいと思います。磁性をもった微粒子を油に混ぜた「磁性流体」をみたことがあるのではないでしょうか。この磁性流体に磁場を加えると、液面が変形し規則的な突起が現れます。これがNormal-field (Rosenweig)不安定性です。

 

Spike

 

大きな磁気モーメントをもつ Dy のボース凝縮体に静磁場を加えることで、これと同様の現象を観測することができます。「古典系で観測出来ている現象を、わざわざ量子系で観測する意義はどこにあるのだろうか?」と疑問をもつ人がいるかもしれません。実は、Dy のボース凝縮体に発生した規則的な突起構造は、密度の周期性と超流動性とが共存した「超固体」に深く関係していると考えられています。発生した状態が超流動を示すことは実験的に確認されていませんが、この状態に量子渦を導入した場合、突起パターンが静止したまま、超流動流だけが発生するという理論的な予言がなされています。この他にもボース凝縮体が自由空間中でクローバーリーフ状に拡散するd波崩壊などが観測されており、磁性量子気体は物性研究における大変ホットなトピックスとなっています。

 

磁性量子気体ならではの物性現象を探索するためには、磁気モーメントがもたらす長距離異方的な相互作用が短距離等方的な s 波散乱相互作用に埋もれないようにする必要性があり、その指標は

 

μ0μ2m/12πℏ2a > 1

 

とされています。ここで、μ は原子の磁気モーメント、m は質量、a は s 波散乱長をそれぞれ表します。この式をみるとわかるように、磁気モーメントと質量が共に大きい原子種を選択した上で、散乱長 a を小さく抑え込むことが肝要となります。実際、Cr、Er、Dy、いずれの原子種を使った実験でも、散乱長 a の制御が不可欠となっています。磁性量子気体の話から少し外れてしまいますが、私達が行っている研究の趣旨を御理解頂くために、散乱長とは何か、そしてどのようにすれば散乱長を制御できるのかについて概観をしたいと思います。二つの原子が衝突をする際、相対運動の波動関数の位相がどの程度ずれるかを示す指標が散乱長です。散乱長の符号と絶対値が、原子間相互作用の符号とその大きさに対応します。

 

length

 

上図では、かなり浅い引力ポテンシャルを仮定していましたが、ポテンシャルを徐々に深くしていくと、やがて解離極限近傍に束縛状態(2原子分子)が現れることになります。この場合、ポテンシャルの深さを束縛状態が生じる深さ V0 から僅かに上下させると、共鳴的な散乱の影響で散乱長が符号を含めて大きく変化することになります。

 

resonance

 

実際に基底状態の断熱ポテンシャルの深さを変えることは出来ませんが、自由な2原子のエネルギーと他の内部状態からなる2原子分子のエネルギーとが元々比較的近いところにあった場合、静磁場を加えることで両者のエネルギー差を制御し、共鳴的な散乱を人工的に誘起することができます。このようにして散乱長 a を制御することを Feshbach 共鳴と呼びます。

 

Feshbach

 

 

Cr、Er、Dy の実験では、散乱長を制御するために静磁場を加えてきました。しかし静磁場を加えると、散乱長を制御できるかわりに、原子のスピンの向きが固定されてしまいます。実は磁気モーメント間に働く長距離異方的な相互作用は、スピンと軌道角運動量を個別には保存せず、両者を結合させる性質をもっています。そのため、大きな磁気モーメントを有する原子をゼロ磁場下でボース凝縮させると、スピンの空間的な構造(スピンテクスチャー)や量子渦を伴った大変リッチな基底状態量子相が発現することが予想されます。こうした量子相の中には、スピンのキラリティーに関する自発対称性の破れを伴ったものなども含まれうるため、物性研究の対象として大変興味深いものとなります。しかしこうした現象を観測するためには、従来のように静磁場を加えることなく散乱長を制御しなければなりません。

 

そこで、大きな磁気モーメントと質量をもち、ゼロ磁場下でも散乱長を制御できる可能性のある原子種として、私達はランタノイド系の元素であるユウロピウム(Eu:質量数151、153)に着目しました。これまで磁性量子気体の研究に用いられてきた Cr、Er、Dy とは異なり、 Eu はボソン同位体が基底状態に超微細構造をもっています。基底状態の超微細分裂間隔に近いマイクロ波を照射することで、2原子の衝突時に束縛状態を経由させれば、スピン自由度を確保したまま散乱長を制御できる可能性があります。これをMicro-wave Feshbach共鳴と呼びます。

 

dipole

 

下図はEuのエネルギー構造です。見ての通り、大変複雑なエネルギー構造を有しており、これまでEuのレーザー冷却に成功したグループは存在しませんでした。

 

 

私達はEuを一旦、準安定状態に励起するという独自の方法をとることで、Euをレーザー冷却することに世界で初めて成功しました。写真中央部分の黄色い光は、レーザー冷却されたEu原子気体からの蛍光に相当します。今後は、ボース凝縮体を生成し、磁性量子気体を使った全く新しい物性研究を展開していきます。

 


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