Quantum simulation with optical lattices

 

私達は、光で作られた格子の中に原子気体を捕捉し、そこで発現する物性現象について研究を行っています。その際活躍するのが量子気体顕微鏡と呼ばれる特殊な顕微鏡です。私達はイッテルビウム(Yb)と呼ばれる原子種に対して量子気体顕微鏡を世界で初めて実現しました。光で作られた格子とは?量子気体顕微鏡とは?それを使うことでどんな物性研究が可能になるのか?これからその説明をさせて頂きたいと思います。なお、写真は 私達が作成した Yb の実験系です。

 

レーザーをミラーで折り返し対向させることで、光定在波を作ることが出来ます。レーザーの周波数が原子共鳴周波数から十分に離れていれば、光定在波は原子に対する周期的なポテンシャルとして機能します。これを光格子と呼びます。光定在波を、x、y、2軸、あるいはx、y、z、3軸について作成し重ね合わせることも可能であり、その場合は2次元光格子、3次元光格子が生成されます。通常の固体結晶では、規則的に配列したイオンが織り成す格子の中に電子が入っています。光格子中に量子縮退した原子を導入した系は、イオン格子を光格子に、電子を原子に置き換えた人工的な結晶として振る舞うことになります。

 

MOT

 

光格子はレーザーによって作成されていますので、我々が予期しない形で格子に欠陥が生じるようなことはありません。原子は同位体も含めてレーザーで選別されていますので、不純物の無い純粋な系を作ることが可能です。レーザーを遮断すると、原子が真空中で拡散しますが、その様子を観測することで光格子中における原子の初期運動量分布を推定することが出来ます。レーザーの交差角度、本数、波長などを変えれば、単純な正方格子だけでなく、蜂の巣格子や、準結晶などを作り出すこともできます。また光格子の周期は固体のそれに比べ2桁も長く、原子の質量は電子のそれに比べて3〜5桁大きいため、光格子中のトンネリングは ms 程度の極端に遅いレートで起こります。系のダイナミクスを実時間で追跡・観測できる点もこの系の魅力です。このように光格子系は大自由度をもった量子多体系であり、固体で発現する各種の物性現象の詳細をシミュレートし、その微視的な理解に迫る上で大変有効な系だと言えます。

 

一つ具体的な例を挙げてみたいと思います。1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体は、その発見以降急激に転移温度が上昇し、産業的な応用も様々な形で検討されつつあります。それまで発見されていた従来型の超伝導体は、電子と格子との相互作用に起因してクーパー対が生じるBCS理論により説明が可能ですが、銅酸化物の場合は電子対生成機構に関する完全な微視的理解が得られていません。但し、永年の研究を通して理解が進んだ部分も多くあります。銅酸化物高温超伝導体は下図のような相図をもっていることが知られており、ネール温度以下にまで温度を下げると反強磁性相が現れ、そこからホール濃度を増加させていくと超伝導に至ります。

Phase

銅酸化物高温超伝導体は、銅原子と酸素原子とから成る正方格子状の層構造をもっています。ネール温度より高い温度では、スピンが無秩序な状態で電子1個が各サイトを占有するMott絶縁相が現れます。系をネール温度以下に冷やすと、超交換相互作用によってスピンが秩序化し、反強磁性相が現れます。ここから系のホール濃度を増し、フィリングを1/2からずらすと電子対が生成され、超伝導相が現れます。良質な試料を用いた実験を通し、オーダーパラメーターの対称性がd波であることが詳らかになっています。こうした事実から電子対はスピンの反強磁性的揺らぎを通して生成されると予測されていますが、その詳細は明らかではありません。また相図をみると、常伝導相であるにも関わらず電子励起スペクトルにギャップ様構造が現れる擬ギャップと呼ばれる領域が存在することに気付きます。この擬ギャップは、高温超伝導発現機構の解明に直結すると期待されていますが、未だその微視的理解は得られていません。光格子の中にフェルミ原子を導入し、上記したMott相、反強磁性相、d波超伝導相、さらには擬ギャップを生成・観測することは、高温超伝導の物理を微視的に理解する上で重要な働きをします。

Phase

 

 

光格子中で発現する各種の量子相を観測する上で、これまで吸収撮像と呼ばれる手法が用いられてきました。光格子を構成するレーザーを遮断し、原子を真空中で拡散させた後、共鳴周波数のレーザーを横から照射します。原子集団を通過した後の光強度分布をCCDカメラで撮像することで、原子密度分布を測定することが出来ます。ここから光格子中における原子の量子状態を推定するわけです。例として、光格子中にボース凝縮した原子気体を導入した場合について考えてみることにしましょう。光格子の深さが十分に浅い場合は、サイト間を頻繁に原子がトンネルする超流動相が発現します。非対角長距離秩序が保たれているため、吸収撮像を行うと美しい干渉縞が得られます。これに対し光格子が十分に深い場合は、サイト間のトンネルに比べ、同一サイト内の原子間相互作用が支配的になります。同一サイトに2つの原子が入るとエネルギー的に損をするため、各サイトを原子1個が占有するMott相が発現します。各サイトの原子数が確定しているため、吸収撮像をしても先ほどのような干渉縞は得られません。

 

Phase

 

 

吸収撮像法は、系の大きさに比べて十分広い範囲にまで原子を拡散させると、原子の密度分布が運動量分布を反映するようになる、ということを利用した大変優れた手法です。しかしながら「ポテンシャルを深くしたときに、本当に各サイトを原子は1個ずつ占有しているのだろうか?」といった疑問に直接答えてはくれません。吸収撮像という運動量空間における観測手法に加え、光格子中の各サイトを直接観測する実空間における観測手法が出来れば、光格子を使った物性研究はより強力なものとなります。幸いなことに最近になり、そのような顕微鏡が海外のグループによって実現され、Mott相において各サイトを原子1個が占有する様子を直接観測することが実現されました。この技術は量子気体顕微鏡と呼ばれています。但し残念なことに、この顕微鏡はアルカリ原子であるルビジウム(Rb)を対象としており、Rbがボソン同位体しか有しないため、フェルミオンを使った物性研究に利用することが出来ませんでした。

 

そんな中、私達はイッテルビウム(Yb)と呼ばれるランタノイド系の原子種に対して量子気体顕微鏡を実現することに成功しました。我々は、顕微鏡の分解能を増大させる力をもつ固浸レンズと呼ばれる半球状のレンズの表面から1μm程度の場所に2次元光格子を生成し、そこに量子縮退したYb原子気体を導入しました。実験系の概略図と写真を以下に示します。

 

Phase

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光格子中の原子を観測したいときは、系に励起光を照射し、原子からの蛍光を固浸レンズ、対物レンズを通して、高感度のEM-CCDカメラで撮影します。このYb量子気体顕微鏡によって得られた光格子中のYb原子の蛍光画像の一例を示します。この顕微鏡を使うことで、各サイトの原子の有無を判定することが出来ます。

 

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Yb は Rb とは異なり、5つのボソンと2つのフェルミオンを持っています。後者のフェルミオンを2次元光格子に導入した系は、先に説明した銅酸化物高温超伝導体の構造とよく似ています。Mott相、反強磁性相等の特徴的な量子相を、この量子気体顕微鏡を使って直接観測することが出来ます。下図は、ボソンの同位体を使ってMott相を生成し、それを量子気体顕微鏡で観測した様子です。この実験では、サイト中の2原子を1分子に変換するという光会合と呼ばれる操作を施し、サイトから偶数個の原子を予め排除しました。光格子中の原子数が増えるにつれ、外側から1個、2個、3個といった具合に階段状にサイト内原子数が増えていく様子がわかります。このような構造をMott shellと呼びます。私達は、Yb 量子気体顕微鏡と従来から利用されている吸収撮像法とを組み合わせることで、高温超伝導の微視的理解に迫ることが出来るのではないかと期待しています。

 


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