Fundamentals of laser cooling and trapping

 

私達が研究に用いているレーザー冷却と呼ばれる手法について、その概略を説明したいと思います。私達の研究室では、光学除振台とよばれる特殊なテーブルの上にレーザー、真空装置、光学素子などを設置し、各種の実験を行っています。写真はそうした実験系の一例です。

 

原子は共鳴周波数をもつ光を吸収、放出する性質をもっています。光子を誘導吸収すると、原子は光の進行方向に光子1個分の運動量を受け取ることになります。励起された原子が基底状態に戻るとき、原子は光子を自然放出しますので、光から受け取る運動量がキャンセルするように思うかもしれません。しかし自然放出は毎回ランダムな方向におこるため、平均すると誘導吸収による運動量変化だけが積算されていくことになります。

 

 

光子1個あたりの運動量は、波数を k とおくと ℏk で表されます。原子が光子を一回吸収することで受ける速度変化は、原子の質量を m とおいたとき ℏk/m で与えられ、計算するとおよそ 1cm/s となります。一見、僅かな速度変化のようにも思えますが、原子は1秒間に1億回という非常に高いレートで光子を吸収・放出しますので、光が原子にもたらす加速度は、実は重力加速度の10万倍にもなります。私達が実験をするときは、最初に原子をオーブン中で熱し、数百m/s の速度をもつ原子ビームを作りだします。ジャンボジェット機の飛行速度くらいだと思うと想像しやすいでしょうか。光が原子にもたらす加速度が非常に大きいため、原子ビームと対向する方向から共鳴周波数をもつレーザーを照射すると、30cm程度の距離で原子を数m/sまで減速することができます。実際の実験では、図のようにコイルを使って原子ビームに対して磁場勾配を印加します。原子が減速すると、ドップラー効果をとおして原子が感じるレーザー周波数が段々シフトしてしまいます。レーザー周波数が原子の共鳴周波数と常に一致するようにするために、磁場勾配を印加するわけです。これをゼーマン減速と呼びます。

ゼーマン減速を使うことで数m/s程度の低速原子ビームを生成することができますが、冷えた原子気体を一箇所に集めて実験をすることはできません。低速となった原子ビームにアンチヘルムホルツコイルを使って四重極磁場を印加し、x、y、z、3方向からレーザーを対向照射することで、10cm/s程度の速度を持った原子が直径1mm程度の球状に集まった状態を作ることができます。これを磁気光学トラップと呼び、このとき原子集団の温度は100 μK 程度となっています。磁気光学トラップされた原子は、レーザー光を吸収・放出し続けるため、図のように真空中に忽然と光輝く球が発生することになります。また冷却に用いるレーザーの周波数は、対象となる原子によって異なりますので、光輝く球の色が原子ごとに異なります。図の中央は、アルカリ原子であるルビジウム(Rb)を、右側はランタノイド原子であるイッテルビウム(Yb)を磁気光学トラップした時の様子です。

 

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これまでは、共鳴周波数の光を原子に照射する場合について話をしてきました。今度は、共鳴から十分離れた周波数をもつ光を原子に照射した場合に何が起こるかを考えてみます。レーザーをレンズで絞り、そこに原子をおいてみましょう。レーザー電場は時間とともに激しく振動しており、原子中の電子も、その電場によって揺さぶられることになります。不正確にはなりますが、話をわかりやすくするために時間を止めて考えてみることにします。電場によって電子と原子核の相対位置がずれるということは、電気双極子 μ が発生することを意味します。そこに電場 E が加わっているわけですから、 -μ・E で表される電気双極子相互作用が生じます。一定の出力のレーザーを絞るということは、絞られた場所(ビームウェスト)において電場が最大になることを意味します。つまり原子が感じるポテンシャルは、ビームウェストにおいて最も深くなります。光が作り出すポテンシャルの深さは、高出力のレーザーを使っても1mK程度にしかなりませんが、磁気光学トラップを使って原子を予め冷却しておけば、原子をトラップすることが可能になるわけです。なお、実際のレーザー電場は時間的に振動しており、電気双極子 μ とレーザー電場 E の振動の仕方には位相差があります。位相差は、レーザーの周波数を原子共鳴周波数に対して正にとるか負にとるかで反転するため、正の場合は斥力ポテンシャルが、負の場合は引力ポテンシャルが形成されます。

 

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最後に、これまで説明をしてきたレーザー冷却、レーザートラップ技術を駆使することで、原子気体を量子縮退させることが出来ることについて話をしたいと思います。世の中に存在する粒子は、ボソンとフェルミオンとにわかれます。粒子同士の間隔に比べ、粒子の重心運動に関する波動関数の広がり(熱的ドブロイ長)が長くなると、ボソン、フェルミオンとしての特徴が顕わとなります。図のように位相空間密度が1のオーダーになると量子統計性が顕著となります。粒子同士の間隔は密度が高くなるほど狭くなり、熱的ドブロイ長は温度が下がるほど長くなりますので、位相空間密度を増大させ、量子縮退状態を得るためには、温度をより低く、密度をより高くすることが肝要となります。

 

磁気光学トラップによって100μK程度にまで冷却された原子集団を、光でトラップした状態を考えることにします。原子は光トラップ中で弾性衝突を繰り返し、ボルツマン分布を形成しています。ここで、光トラップを構成しているレーザーの出力を弱めると、ポテンシャル深さが浅くなり、エネルギーの高い原子が逸脱します。その状態を暫く維持すると、残った原子同士が衝突をおこし、再度ボルツマン分布が形成されます。この時、トラップ中の総原子数は減ってしまいますが、温度は下がり、密度は上がった状態が得られます。レーザー出力を時間と共に徐々に下げていくと、上記の現象が繰り返され、最終的に量子縮退が得られることになります。このような冷却方法は蒸発冷却と呼ばれ、コップにいれたコーヒーが冷めていく主な理由でもあります。

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実際に原子気体が量子縮退に至ったか否かを判断する際、吸収撮像と呼ばれる方法を用います。これは図のように、原子気体をトラップから開放し、一定の時間、自由落下をさせて共鳴光を照射し、原子気体の「影」をCCDカメラで撮像するという手法です。トラップから開放された直後に吸収撮像を行えば、原子気体の密度分布に関する情報が得られます。初期空間分布に比べて原子気体が十分拡散するのを待ってから吸収撮像を行った場合、得られた分布は原子の初期運動量分布を反映することになります。これらの情報から位相空間密度を算出することができます。

下の図は、私達の研究室において、Yb原子気体のボース凝縮体を生成したときの様子です。左は吸収撮像結果、右はその断面をプロットしたものです。凝縮成分と非凝縮成分とが混在している様子がよくわかります。


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