Optical lattice

レーザーをミラーで折り返し対向させることで、光定在波を作ることが出来ます。レーザーの周波数が原子共鳴周波数から十分に離れていれば、光定在波は原子に対する周期的なポテンシャルとして機能します。これを光格子と呼びます。光定在波を、x、y、2軸、あるいはx、y、z、3軸について作成し重ね合わせることも可能であり、その場合は2次元光格子、3次元光格子が生成されます。通常の固体結晶では、規則的に配列したイオンが織り成す格子の中に電子が入っています。光格子中に量子縮退した原子を導入した系は、イオン格子を光格子に、電子を原子に置き換えた人工的な結晶として振る舞うことになります。

 

MOT

 

光格子はレーザーによって作成されていますので、我々が予期しない形で格子に欠陥が生じるようなことはありません。原子は同位体も含めてレーザーで選別されていますので、不純物の無い純粋な系を作ることが可能です。レーザーを遮断すると、原子が真空中で拡散しますが、その様子を観測することで光格子中における原子の初期運動量分布を推定することが出来ます。レーザーの交差角度、本数、波長などを変えれば、単純な正方格子だけでなく、蜂の巣格子や、準結晶などを作り出すこともできます。また光格子の周期は固体のそれに比べ2桁も長く、原子の質量は電子のそれに比べて3〜5桁大きいため、光格子中のトンネリングは ms 程度の極端に遅いレートで起こります。系のダイナミクスを実時間で追跡・観測できる点もこの系の魅力です。このように光格子系は大自由度をもった量子多体系であり、固体で発現する各種の物性現象の詳細をシミュレートし、その微視的な理解に迫る上で大変有効な系だと言えます。
 一つ具体的な例を挙げてみたいと思います。1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体は、その発見以降急激に転移温度が上昇し、産業的な応用も様々な形で検討されつつあります。それまで発見されていた従来型の超伝導体は、電子と格子との相互作用に起因してクーパー対が生じるBCS理論により説明が可能ですが、銅酸化物の場合は電子対生成機構に関する完全な微視的理解が得られていません。但し、永年の研究を通して理解が進んだ部分も多くあります。銅酸化物高温超伝導体は下図のような相図をもっていることが知られており、ネール温度以下にまで温度を下げると反強磁性相が現れ、そこからホール濃度を増加させていくと超伝導に至ります。

Phase

銅酸化物高温超伝導体は、銅原子と酸素原子とから成る正方格子状の層構造をもっています。ネール温度より高い温度では、スピンが無秩序な状態で電子1個が各サイトを占有するMott絶縁相が現れます。系をネール温度以下に冷やすと、超交換相互作用によってスピンが秩序化し、反強磁性相が現れます。ここから系のホール濃度を増し、フィリングを1/2からずらすと電子対が生成され、超伝導相が現れます。良質な試料を用いた実験を通し、オーダーパラメーターの対称性がd波であることが詳らかになっています。こうした事実から電子対はスピンの反強磁性的揺らぎを通して生成されると予測されていますが、その詳細は明らかではありません。また相図をみると、常伝導相であるにも関わらず電子励起スペクトルにギャップ様構造が現れる擬ギャップと呼ばれる領域が存在することに気付きます。この擬ギャップは、高温超伝導発現機構の解明に直結すると期待されていますが、未だその微視的理解は得られていません。光格子の中にフェルミ原子を導入し、上記したMott相、反強磁性相、d波超伝導相、さらには擬ギャップを生成・観測することは、高温超伝導の物理を微視的に理解する上で重要な働きをします。

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